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山田露結ブログ

about Rockets Yamada

住宅顕信を読む

住宅顕信を読む

 

「寡黙な詩型」として    山田露結

 

 自由律俳句というと、まず尾崎放哉や種田山頭火の句を思い浮かべます。

墓のうらに廻る  放哉

鉄鉢の中へも霰  山頭火

私は普段、いわゆる有季定型で俳句を作っていますが、ときどき思いついたように自由律を作ってみることもあります。ところが、自由律というのは、簡単に作れそうで、なかなか思うように作れない。というのも、自由律は、季語、切れ、五七五などの縛りの全くない、まさに自由な状態で作るわけですから、何をとっかかりにしていいのか、途方に暮れてしまうのです。これは、たとえば、画用紙に「自由に何でも描いて下さい。」と言われても何を描いていいのかわからなくなってしまうのと似ています。「自由に林檎を描いて下さい。」と言われれば、何とか描き出すことが出来ると思うのですが。結果、どことなく、放哉や山頭火の雰囲気だけを模したような駄句ばかりが出来上がることになります。

また、先日、とある自由律俳句の専門誌を読む機会がありました。そこでは、いわゆる「長律」と呼ばれる自由律句が特集されていました。

妻よたつた十日余りの兵隊にきた烈しい俺の性欲が銃口を磨いている  橋本夢道

子を堕しにゆく冬の日おんな一歩一歩をあるいてゆく  岡野宵火

それで、とにかく、「長律」と呼ばれる自由律句は、たいへん饒舌であるという印象を持ちました。この饒舌というところ、従来の俳句の在り方とずいぶん違うところではないかと思います。

(妻よたつた十日余りの兵隊にきた烈しい俺の)性欲が銃口を磨いている

(子を堕しにゆく)冬の日おんな一歩一歩をあるいてゆく

(  )で括った部分、非常に具体的な叙述なのですが、これは、従来俳句が言わないでいた部分ではないかと思うのです。

「俳句ぐらゐ寡黙な詩型はない、と言ふより、芭蕉は、詩人にとって表現するとは黙する事だといふパラドックスを体得した最大の詩人である。」(小林秀雄「私の人生観」)

という言葉があるように、俳句は「寡黙」であることで、言葉から散文的な意味を剥ぎ取り、そのことによって「詩」を獲得してきた文芸だと思うのですが、そういう意味では「長律」というのは、ずいぶん「反俳句的」だなあと。ちなみに、放哉や山頭火のような短い自由律句は「短律」と呼ぶそうですが、「短律」は定型の十七文字よりも字数が少ないものも多く、彼らの作品が、しばしば、その波乱の境涯とセットで評価されるのにもかかわらず、そこに俳句的な雰囲気を感じ取ることが出来るのは、その寡黙さに理由があるのかもしれません。

 さて、今回取り上げる住宅顕信は自由律俳人です。彼は放哉や山頭火のような「短律」を詠みました。

顕信は昭和三十六年、岡山市生れ、十代の頃はリーゼントにサングラスというつっぱりスタイル(昭和四十二年生れの私もこの世代です)、にもかかわらず、一方で詩集や宗教書、哲学書に親しむ一面もあったようです。中学を卒業後、昼は働きながら調理師専門学校に通います。二十一歳のときに、中央仏教学院の通信教育を受講し翌年に修了。その後、京都西本願寺で出家得度し、僧侶となります。この時の法名が顕信で、この頃すでに、作句をはじめていたようです。二十二歳のときに結婚しますが、翌年に急性骨髄性白血病を発症し入院。同じ年に長男が生まれますが、妻とは離婚し、長男を顕信が引き取って、病室で治療を受けながら育児をするという奇妙な生活がはじまります。そんな中、自由律俳句結社「層雲」に入会し、憑かれたように作句にのめり込んでいくことになります。そして、昭和六十二年、二十五歳という短く波乱に富んだ生涯を終えます。本格的に作句に費やした時間はわずか二年半ほどでした。

 顕信の作品は、放哉、山頭火らの作品と同様に、彼の波乱の境涯とセットで語られます。俳句作品において、作者の境涯をどの程度まで重ねて評価するのか、あるいは重ねるべきではないのか、というのは非常に難しい問題だと思うのですが、考えてみれば「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」と詠んだ芭蕉をはじめ、正岡子規村上鬼城、川端茅舎、石田波郷、村越化石に至るまで、作品と作者の境涯とがセットになっているケースというのは、実に多いように思うのです。よく、俳句は主観を述べてはいけないとか、私語りをしてはいけないということを言いますが、実は、作品と作者の境涯というのは互いに強い引力で引き合いながら、どちらに偏ることなくバランスを保っているべきものではないだろうか、と思うことがあります。この度、顕信の作品を読んでみて、あらためてそのことについて考えさせられました。

どこまでものびている影も淋しい

若さとはこんな淋しい春なのか

顔さすっている淋しい手がある

夜が淋しくて誰かが笑いはじめた

 遺句集「未完成」を読んで、まず気づくのは、顕信が「淋しい」をやたらに連呼することです。「淋しい」というのは、主観です。私たちは普段、「淋しい」と言わずに「淋しさ」を表現することに腐心します。ですが、顕信は、「淋しい」という、言ってみれば禁じ手をこれでもかというくらいに繰り出してくるのです。

山に登れば淋しい村がみんな見える    尾崎放哉

淋しい寝る本がない

とんぼが淋しい机にとまりに来てくれた

つくづく淋しい我が影よ動かして見る

顕信が心酔していたという放哉の句にも「淋しい」が頻出しますから、「淋しい」の使用は放哉の影響も大きいのでしょう。しかし、それ以上に、顕信の境涯という非常に強い引力とうまくバランスを取るためにはそれに見合う、強い引力を持った言葉が必要だったのではないか、とも考えられます。そこで選ばれたのが、この「淋しい」だったのではないか、また、彼の執拗なまでの「淋しい」の連呼は、図らずも顕信俳句の無骨さを演出する手法として一役買っているようにも思えます。さらに注意深く見てみると顕信の「淋しい」は、「影」であったり「春」であったり「手」であったり「夜」であったりと、必ず、何らかの具象として提示されています。このような把握は、「淋しい」を単なる漠然とした心情の吐露に終わらせないためのレトリックとして機能します。

お茶をついでもらう私がいっぱいになる

捨てられた人形がみせたからくり

耳を病んで音のない青空続く

抱きあげてやれない子の高さに坐る

何もないポケットに手がある

 一読、ぶっきらぼうに吐き捨てられた言葉の断片のようにも思える顕信の句ですが、その中には、細やかな技巧を感じさせる句も少なくありません。

 一句目。「いっぱいになる」のはお茶であり湯呑であるはずですが、「私がいっぱいになる」と、いっぱいになる対象を自身の心理とすり替えています。そのことによって、お茶をついでくれた相手への、そして自分自身が生きていることへの感謝の気持ちがたまらなくこみ上げて来て、今にも涙があふれそうになっている情景が巧みに描かれています。

 二句目。捨てられてしまった人形に自身の姿を投影させているのでしょう。人形の無用の動きを提示するのみで、他には何も言っていないにもかかわらず、虚しさが激しく読み手の胸を打ちます。このような作品は、俳句が「寡黙な詩型」であることを再認識させてくれます。

 三句目。「音のない」原因は空にあるのではなく、自身が耳を病んでいるためです。ここでも巧みに対象のすり替えが行われています。無音の青空はそのまま顕信の心理描写として立ち現れます。

 四句目については、この句を、俳誌「海市」に送ったところ、主宰の藤本一幸氏に「抱き上げたい坐れば同じ高さの父ぞ」と添削されて掲載されたことに、顕信が激怒したというエピソードが残されています。「作った句でなく山頭火、放哉のような句を(生まれてくる句を)書きたいですね。句の技法をこねるより心境的なものをたかめていゆく、そうありたいです。」と語った顕信ですが、「心境的なものをたかめてゆく」ために自らが叩きあげて身に付けた技巧というものに確かな矜持を持っていたのではないかとも思われます。

五句目。「ない」、「ある」という逆説的なレトリックにハッとします。こうした手法は無自覚な偶然性によるものなのか、あるいは、裏付けのあるテクニックとして自覚していたものなのか、非常に興味のあるところです。

ずぶぬれて犬ころ          住宅顕信

障子の影が一人の咳する

人焼く煙突を見せて冬山

どこまでものびている影も淋しい

淋しい指から爪がのびてきた

 

いぬころの道忘れたる冬田かな    尾崎放哉 

咳をしても一人

春の山のうしろから烟がでだした

つくづく淋しい我が影よ動かして見る

淋しいからだから爪がのび出す

顕信は放哉に心酔し、擦り切れるほど放哉句集を愛読していたといいます。そのためか、顕信には放哉句の捉えた場面を自身の立場に置き換えて別の角度から捉え直したような、言ってみれば放哉句の変奏のような作品があります。「淋しい指~」の句は元句と似すぎかなとも思うのですが、顕信は自らの特殊な境涯が発する負のエネルギーの反動力でもって放哉を現代に再生させようとしていた、と考えることも出来るかもしれません。

顕信は、二十五歳でその短い生涯を閉じますが、彼の境涯に触れるだけで、胸が締め付けられるような、たまらない気持になります。しかし、境涯を知るだけで感動するのであれば、作品はいらないのではないか、と考えることも出来ます。顕信のように短い一生を激しく生きた人というのは、他にもたくさんいるはずですから。顕信にとって俳句とは何だったのか、また、俳句にとって顕信とは何だったのか、ということを、今あらためて考えているところです。