山田露結ブログ

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ゲシュタルト

俳句一句は、結局ひとつの塊りーひとつのまとまりとして在るもの。私たちの心中に、詩的享受の一定の構え・一定範囲に適合するための一塊・一個であるー読者への一体・全体、鑑賞者の心為へのゲシュタルトとしてあると考えられてよい。
俳句は、一つのゲシュタルト・全として在り、読者にすぐさまに、いきなり把握され、直後にその心中に入りこみ安定し不動となる。そして、それが一種の詩的共感、快感を惹起せしめる。『絶対本質の俳句論』阿部完市(邑書林

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【関連】

山田露結 on Twitter: "俳句は上から下へ言葉に沿ってゾロゾロと読み下すものではなく、一句の上下同時に眼にはめ込まれるようにうけとられるものである。俳句一行のこの棒は、私には眼玉の直径となり得るギリギリの長さのように思われてならない。/飯島晴子

 

 

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